名古屋から日帰り鉄旅

名古屋から日帰りでいろんな路線を制覇する人の旅日記。

東海道線と壮絶なバトルを繰り返した関西鉄道について調べてみた (雑学編⑥)

前回の記事

mytetsutabi.hatenablog.jp
前回までは名鉄が辿ってきた様々な事柄を取り上げてきました。

その中で、名鉄はJRと競争を繰り広げた事について述べたのですが、、、
そのような競争で、もっと激しい競争をしていた路線があったという事で調べてみたら関西鉄道というなかなか面白いネタが出てきたのでまとめてみました。

関西鉄道

関西鉄道は、その名の通り関西に路線を展開していた鉄道会社です。(1888年設立)
もともとは各地から東海道線に繋げる目的で設立された会社でしたが、合併を繰り返した結果 名古屋から大阪までの独自の運行ルートを築き上げました。
f:id:tsubdra:20190716070950j:plain
1908年頃の関西鉄道の路線図。
既に察した方もいると思いますが、関西鉄道は最終的にそういう結末を迎えます。
それに関しては後ほど。

このように、関西鉄道は名古屋、京都、奈良、和歌山、大阪とまさにその名にふさわしい大きな鉄道会社になりました。ちなみに、この頃はまだ近鉄は存在していません。

関西鉄道、官鉄に宣戦布告

関西鉄道は、名古屋〜大阪間を1日2往復する急行の運行を開始。
官営鉄道の東海道線に喧嘩を売り始めました。
なおこの時は、どちらも所要時間は同じくらい(5時間半)だったので互角の勝負と言われましたが、、
官鉄からして見れば、あまり嬉しくない話です。
利用客が奪われただけでなく、その先これからも利用客が奪われ続ける可能性があるからです。

官鉄の不安は的中し、1900年以降になると関西鉄道は急行の所要時間を5時間弱に短縮、さらには食堂車も連結するようになりました。

大幅な値下げが行われ、とうとう名古屋〜大阪の運賃の値引き合戦が始まりました。

官営鉄道の運賃 関西鉄道の運賃
1902年8月1日 片道 1円77銭
往復 2円30銭
片道 1円47銭
往復 2円
1902年8月6日 片道 1円77銭
往復 1円47銭*1
片道 1円47銭
往復1円50銭
1902年末 休戦協定
1903年10月 協定破棄、競争再開
片道 1円10銭
往復 1円20銭

途中に仲裁が入って競争が一時停止しても無視して競争を続けた関西鉄道は、本当に無茶苦茶な競争をしていました。
「いずれ潰れるなら、最後までやってしまおう」という精神があったのでしょう。
運賃が非常に安いだけでなく、昼食のサービスなどもありいかに官鉄を潰したかったのかが伺えます。

競争終了

関西鉄道と官鉄 東海道線の競争は、日露戦争による軍需輸送が優先になったため強制的に終わりました。

そして、ライバル関係にあった官鉄は関西鉄道国有化を決定。
国有化を避けたいとの請願書も受け入れられず、残念ながら1907年10月に国有化されました。

しかし、関西鉄道はただそれだけでは終わらなかったのです。
最後に、路線の電化計画を立てて買収額をなるべく高くするという悪あがきをしました。*2
正直、ここまでして官鉄を潰そうとしてたのは驚きです。
官鉄に親を殺されたんじゃないでしょうか。

現在はJRの経営を支えてる?

では、官鉄に買収された路線はどうなったのでしょう。
なんと、現在でもほぼ全ての路線がJRの路線として運行されています。

JR西日本は、現在の大阪環状線(一部)、関西線(JR難波〜亀山)、片町線学研都市線(一部)、奈良線草津線、桜井線、和歌山線を受け継ぎ、
JR東海は、現在の関西線(亀山〜名古屋)、紀勢本線(亀山〜津)を受け継ぎました。

特に、JR西日本が受け継いだ路線は通勤路線として使われるようになり、地方の赤字路線が多いJR西日本の経営を支えています。(※JR東海が受け継いだ路線はその「地方の赤字路線」になった模様。)

f:id:tsubdra:20190718073153j:plainf:id:tsubdra:20190702213347j:plain
同じ関西線でもこんなに違う
なお、関西鉄道の急行が通った名古屋〜湊町のうち、亀山〜加茂は未だ非電化区間です。
そのうち電化されるといいですが、やはり猛烈なバトルを繰り返したライバルの路線なのでやる気はないのでしょう。

f:id:tsubdra:20190718072640j:plain
ということで、今回はここまでです。

皆さんは、この時代なら官鉄東海道線関西鉄道、どちらに乗りたいですか?

私は、関西鉄道に乗りたいです。

その理由は単純。

安いから!

読んでいただきありがとうございました。(強制終了)

*1:片道が往復が安くなっていたカオス

*2:買収額を高くするため、という事はあくまで一説にすぎないそう。

JRとの競争より空港の需要を優先した結果→?? 名鉄の歴史 その五 (雑学編⑤)

前回の記事

mytetsutabi.hatenablog.jp
名古屋鉄道JR東海と競争し勝つことが出来ませんでした。
今回の記事は、その後から現在までの名鉄の歴史をざっと紹介します。

JRに勝てず、収益が悪くなった名鉄

実は、名鉄は収益が大手私鉄の中で一番低い会社です。
大手私鉄の中では営業路線キロが一番短い相模鉄道でさえも名鉄の収益を上回っています。
名鉄は、JR東海との競争を経て利益を持っていかれてしまったのです。

そこで名鉄は、これをなんとかするために様々な施策を実施しました。

・採算の悪い路線を廃止!
名鉄は、多くの路線を持つ大きな鉄道会社でしたが赤字路線が多く経営を苦しめていました。
そこで、いくつか路線を手放しました。

まず挙げられるのは、岐阜市内線
岐阜市を走っていた路面電車の路線でしたが、岐阜市が「これからはバスを使おう」とかなんとか言い出した結果 乗客がバスに奪われ赤字に。
新車両を入れたりして黒字化させようとも努力しましたがついにギブアップ。残念ながら廃線されてしまいました。
三河線の一部末端区間も廃止。
廃線直前は乗客が減っていた区間レールバスというバスの部品を使った気動車で運行して電気系統の設備費をケチる節約するほどのひどい赤字でした。
なお、西中金〜猿投間と碧南〜吉良吉田間を廃止しましたがそれでも三河線は未だ赤字の模様。
また、廃止されたのはローカル線だけではありません。
犬山モンキーパークモノレール線犬山遊園駅から犬山モンキーパークまでを結んでいたモノレールでしたが思ったよりも利用者が少なかったのでこれも廃止されました。

・速達列車の利便性の向上!
JRとの競争で速くなって停車駅が減っていた特急や急行でしたが、利便性を高めることでより多くの需要が見込めると考えられ停車駅が増えました。(特別停車もあり)
例としては、笠松駅新木曽川駅は急行停車駅でしたが、特急も停車するようになり便利になりました。(ちなみにラッシュ時は特急は笠松新木曽川のどちらかに停車)

このような改革を行い名鉄の収益が少しずつ改善されていきました。

そんな名鉄に転機が訪れます。

中部国際空港の開港

名鉄は、神宮前から常滑を結ぶ常滑線を持っていました。
その路線を延伸して当時建設中だった中部国際空港に繋げる計画が浮上し、第三セクター中部国際空港連絡鉄道が建設することに。

これに合わせ名鉄は、常滑線の線形改良などを行いさらに新車両を投入。

f:id:tsubdra:20190711205826j:plainf:id:tsubdra:20190711205900j:plain
2000系(青)と2200系(赤)です。
空港アクセス特急 ミュースカイとして2000系が、その他の特急・快速特急2200系が運用を

名鉄は、中部国際空港の需要を見込み2000系に多くの投資をしました。
速いスピードでカーブを曲がることが可能になる車体傾斜装置や、先頭車両同士で通り抜けができる貫通扉構造。
大きな扉と荷物スペースがあり、さらには忘れ物防止用のライトがあるほどのこだわりよう。
2000系は、名鉄の大きな期待を背負っていました。

そして中部国際空港がついに開港。
f:id:tsubdra:20190711213142j:plain
名鉄の予想以上に多くの利用者がいて、急遽3両編成だったミュースカイを4両編成にするほどの利用者で賑わいました。

収益がオワコンの会社とまで思われた名鉄は、見事に復活を遂げたのです。

現在

2019年度の名鉄の純利益は、304億円。
なんとこれは、過去最高の純利益です。
セントレアへの乗客の増加が、利益に一番大きく影響を与えているそう。
やはり、ミュースカイへの投資などの賭けは当たりだったと言えるでしょう。
また、名鉄犬山市の観光地に人を集めるべく、PRを行なっています。

様々な活動を通して、鉄道を使ってもらえるよう努力している名鉄
これからの自動車社会の中で果たしてどうなるのか、気になりますね。

今回はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。
これにて名鉄の歴史シリーズは終了しましたので、次回からまた別の話題になると思います。

JR東海 vs 名古屋鉄道!激闘の結果、、、?!名鉄の歴史その四 (雑学④)

前回の記事

mytetsutabi.hatenablog.jp
前回は、名鉄パノラマカーの話をしました。
もしよろしければご覧ください。

今回の記事は、国鉄が爆散してJRになった頃の話になります。

国鉄 vs 名鉄

名鉄の路線には、国鉄(JR)の路線と並行して敷設されたものが多いです。

名鉄名古屋本線(名鉄岐阜豊橋) vs 東海道線(岐阜〜豊橋)
名鉄各務原線(名鉄岐阜新鵜沼) vs 高山本線(岐阜〜鵜沼)
名鉄犬山線広見線(名鉄名古屋〜犬山〜新可児) vs 中央線・太多線(名古屋〜多治見〜可児)
名鉄常滑線河和線(名鉄名古屋知多武豊) vs 東海道線武豊線(名古屋〜武豊)

などなど、あちこちで競争を繰り広げています。
特に名鉄名古屋本線東海道線の競合が激しいとされています。(というよりかは他のところは名鉄が勝ってる)
ただ、国鉄時代の東海道線は全くダメで普通列車しか走っていないローカル線状態でしたので、急行や特急をたくさん走らせていた名鉄が圧倒的な勝利を収めていました。が、、、

JR vs 名鉄

国鉄は、ついに解体されJRに。
新しくできたJR東海は、このローカル線状態の東海道線を中心にスピードアップを図りました。
JR東海は、駅の数が多く線形がグニャグニャの名鉄に対してスピード勝負を仕掛けてきたのです。

JR東海道線が、駅の数が少なく線形も真っ直ぐなことを生かしてJRは快速運転も開始。
じわじわとお客さんが名鉄から奪われていきました。

f:id:tsubdra:20190705233841j:plain
これに対し名鉄パノラマスーパーなどの速い車両で対抗します。
f:id:tsubdra:20190705234755j:plain:w500
そして一方のJR東海311系などを投入しシェアを拡大。
JRが快速列車を増発すると、名鉄も負けじと特急・急行を増発。
お互いに譲り合うつもりはありません。

名鉄名古屋本線 vs JR東海道線は、なかなかいい勝負になっていると言われました。(実はそれは名古屋〜豊橋の話であって、名古屋〜岐阜はJRの普通でさえ名鉄の特急に勝つという、、、)

f:id:tsubdra:20190705235021j:plain
しかし、JR東海が積み重ねた努力の結果で名鉄の勢いは失われていき、時速120km/hを保つ機能がある313系が導入されさらに乗客が奪われていきました。(1999年ぐらい)

最終的に名鉄はスピード勝負に負けたと判断。
スピードよりも、需要を重視して急行や特急の停車駅を増やしました。

では、なぜ名鉄は岐阜〜豊橋での輸送でJRに勝てなかったのでしょうか?
それは、名鉄名古屋本線にダイヤに制約を与える要素が多いからと言われています。
(ここからは、名鉄好きの人では有名な話が多く含まれていることにご留意願います。)

名鉄岐阜駅手前の謎の単線
なぜか、名鉄岐阜駅の手前だけキュッと単線になっている部分があります。
これは、「こうした方が駅の列車さばきに都合がいい」「上を通るJRの高架のせいで狭まれてる」など様々な説が出ていますが正直なところ私もよくわかりません。

枇杷島分岐点
枇杷島分岐点は、名鉄名古屋本線名鉄犬山線の分岐点です。
ではここで、分岐点の配線図をご覧いただきましょう。
f:id:tsubdra:20190704212551j:plain
枇杷島分岐点は、このような配線になっています。
これを見て、何か気づくことはありませんか?
そうです。この分岐点を列車が通る時、、、
f:id:tsubdra:20190704213200j:plain
①の列車が分岐点にいると、②の列車は通れません。(交差支障と言います)
タイミングが合わないとこのような状態になり、さらにここは1時間に20本以上の列車が通るので詰まって遅延が発生しやすいのです。
このように、分岐点の構造のせいでダイヤに制約がさらに与えられてしまっています。

枇杷島分岐点〜神宮前
枇杷島分岐点も問題があるのに、この区間にも問題があります。
なんと、列車の追い越しができないのです。
先程の枇杷島分岐点と合わせ、さらに電車が詰まりやすい原因になっていたりも、、
なお、追い越しができないということは、この区間に入ってくる列車が次に来る列車と確定するということでもあります。これは覚えておくと何かと役に立つかもしれません。

名鉄一宮須ヶ口、神宮前〜一ツ木
あまりにも線形がウネウネしているので、新しく真っ直ぐな線路を引こうと計画されたほど。
もっと真っ直ぐだったらJRに勝てた可能性があります。

知立駅東のS字カーブ
名古屋本線三河線で直通運転させる際、うまく計画がまとまらなかった結果線形がぐにゃぐにゃに。
知立駅は高架化工事が進行中なので、もしかしたら改善させられるかもしれません。

・平井信号場〜豊橋
名鉄は、この区間でJR飯田線と線路を共有しています。
そのせいで、ダイヤに一番大きな制約が与えられています。
なんと、「豊橋駅に来る列車は1時間6本まで」というかなりきつい約束。
1時間6本しかダメなので、豊橋駅名鉄のホームは急行・特急・快速特急しか来ません。
しかも、信号はJRが優先で名鉄の方は停止信号が出ることがしばしば。
停止信号をくらって遅く走っている名鉄の隣でブンブン飛ばして走り去るJR東海の電車を見ていると悲しくなってきます。


ということで、名鉄がJRに勝てなかった理由を説明しました。
しかし、だからと言って名鉄が完全敗北したわけではありません。
次回は、JRとの競争はやめた現在の名鉄の説明になります。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

神戸から上野まで1時間くらいで行ってみた?! 近鉄全線+α制覇の旅 Part13

前回の記事

mytetsutabi.hatenablog.jp

前回は、四日市あすなろう鉄道の乗車記録です。
もしよければそちらの方もご覧ください。

3日目

三岐鉄道 北勢線三岐鉄道 三岐線四日市あすなろう鉄道????

f:id:tsubdra:20190702210507j:plain
今回は、伊賀神戸から伊賀上野まで行った時の乗車記録です。
「え?」と思った方も、「なるほど」と思った方も生暖かい目で見ていただけると幸いです。

f:id:tsubdra:20190630012319j:plain
前回の内部駅から再開。まずは、四日市に向かいます。

四日市あすなろう鉄道
あすなろう四日市行き
12:35 内部発 → 12:52 あすなろう四日市

f:id:tsubdra:20190629112354j:plain
近鉄線に乗り換え、急行で伊勢中川へ、、

近鉄名古屋線
急行 五十鈴川行き
13:14 近鉄四日市発 → 14:01 伊勢中川着

f:id:tsubdra:20190701072837j:plain:w500
伊勢中川に到着。(乗り換えの時間がギリギリで写真撮ってない)
ではここから、近鉄大阪線伊賀神戸まで、、

近鉄大阪線
普通 名張行き
14:03 伊勢中川発 → 14:39 伊賀神戸着

f:id:tsubdra:20190701073512j:plain
神戸に到着、、、?










f:id:tsubdra:20190701073639j:plain
と見せかけて、伊賀神戸に到着〜!
アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ(゚∀゚)wwwww
ホワァァァァァァ(゚∀゚)wwwww

?!
頭のネジが緩んでいたようです。
大変失礼致しました。

伊賀鉄道

では、そろそろこのまま隠すのもしんどいのでネタばらしします。
実は、この神戸から上野までを1時間で結ぶ鉄道路線というのは、伊賀鉄道のことです。
伊賀鉄道は、近鉄大阪線伊賀神戸から忍者の街・伊賀を通りJR関西線の伊賀上野までを結ぶ路線です。
この2つの駅名は、地名が偶然それだっただけで狙ったわけではないそうです。
ちなみに、「伊賀神戸」は「いがこうべ」ではなく「いがかんべ」と読みます。
この路線も、もともと近鉄が所有していた車両でしたが切り捨てられて伊賀鉄道になりました。
忍者の街である伊賀へのアクセスとして、観光需要で多くの人に利用されています。

f:id:tsubdra:20190701231455j:plain
(また指が写ってる、、、)
伊賀鉄道伊賀神戸駅には忍者(の人形)がいます。
正直、びっくりしました。
f:id:tsubdra:20190701231941j:plain
車両はこちら。

こ っ ち み ん な

伊賀鉄道には、これの色違い数種類と東急のお古1編成がいます。
車内に入ってみると、ロングシートクロスシートの両方がありましたが左右対称ではありませんでした。
私はクロスシートに座りました。ずっと近鉄ロングシートに乗ってて飽きたので、、(笑)
f:id:tsubdra:20190702061625j:plain
車窓から見えた田んぼです。
松尾芭蕉の出身地とだけあって、綺麗な場所ですね。(迷推理)
f:id:tsubdra:20190702205337j:plain
伊賀鉄道で一番活気のある、上野市駅に到着。
この駅があるのは、上野市とか ましてや忍者市などではありません。
伊賀市です。
f:id:tsubdra:20190702210636j:plain
駅から見た伊賀の町。
もっと忍者PRのために古そうな感じを出していると思っていた私がバカでした。
非常に近代的でした、、(あれ?近鉄奈良行った時と同じ感じが、、)

では、上野市駅を後にし伊賀上野へ行き伊賀鉄道も制覇します。

f:id:tsubdra:20190702211123j:plain
上野市駅伊賀上野は、10分もかからずに行けました。
GWで本数が増えていて待たずに済んだのが嬉しい誤算でしたね。
(ん?もう7月入ってるのにまだゴールデンウィークに行った旅についての記事なのか、、?)
ということで、伊賀鉄道も無事制覇です!
そういえば、伊賀上野駅の駅舎はよくよく見たら(?)瓦の屋根であることがわかりますね。
むしろこっちの方が上野市駅より古代的な印象があります。
f:id:tsubdra:20190702211804j:plain
撮影失敗して疾走感のある写真になってしまった、、(笑)
乗り換え案内もデザインが凝ってて面白いですね。
f:id:tsubdra:20190702213347j:plain
JR関西線のディーゼル車。
意外と、足回りがいろいろあって床が高いんですね。

今回はここまで!



なんですが、、、



皆さまにお知らせがございます。



なんと、「近鉄全線+α制覇の旅」は今回にて終了です。
ありがとうございました!!

2018年末の3日と、2019年GWの3日の合計6日に渡る長期シリーズはいかがでしたか?
私の初投稿「ちょっと近鉄全線制覇してみた」で近鉄四日市に行くところから始まり、最後はJRの車両の写真伊賀鉄道で終わり、大変でしたが私自身非常に楽しめました。

私はこの旅にいろいろと思い入れがあるので、次回はその思い入れなどを語る完全な自己満足的な記事ですが楽しみにしていてください()
また、このシリーズが完結したということは、ネタ切れを意味します。しばらくは、鉄道雑学に関することしか書きませんがよろしくお願いします。

読んでいただきありがとうございました。